忍者ブログ
信越・北陸の鉄道写真を気の赴くままに。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

これを書いている3/15。世間や上越圏は北陸新幹線の開業祝賀ムードに包まれています。
また、第3セクターが開業した在来線では新鋭車両がイベントに向かうお客さんを満載して、早くも主役としての活躍を見せています。

平成27年3月13日。
信越本線ファンにとって平成9年9月30日とともに忘れ得ぬ、2度目の分断を味わうことになった日です。
この日が永遠に来なければよい、とさえ思う日もありましたが、世の流れに抗うことなどできるはずもなく。

かくして、その日は普段通り、静かにやってきました。
すでに3/8までに多くのさよならイベントが終了し、沿線に詰めかけたファンもまばらになっていました。
もちろん仕事を完全に休むことは難しく、最終列車の見送りだけは行こうと考えていました。

その場所に選んだのは・・・新井駅。
直江津駅とどうしようか悩んだのですが、やはり本当の地元駅で、妙高号や普通列車たちを見送ることが最期の手向けに思えたのです。

撮影開始は妙高5号。折からの雨は一層激しさを増し、まさに涙雨。


189系 妙高 3325M 信越本線 新井
最期の妙高号は昼間の運用にも入っていた国鉄色のN101。
約4分遅れで新井に到着。いつも通り30秒程度の停車で、特に惜別アナウンスもなく静かに新井駅を後にしました。
私が関東からUターンしたと同時に産声をあげた快速リレー妙高から18年半、慣れ親しんだ
列車愛称が遂に姿を消していきます。
同時に189系が誕生してから毎日走っていた山線での定期運用にもピリオド。
115系同様に数年前までは当たり前すぎて無くなることなど想像もつかなかったのですが、これが現実。

この後は1番線で最後の115系定期列車と長野へ帰る車両たちを見送り。


115系 364M 信越本線 新井
前の1358Mで3番線に入ったあとに脇野田まで回送後、折り返して2番線に入るというトリッキーな運用があった上り最終の364M。
くびき野6号が3番線に入ると妙高高原方面に帰るお客さんがダッシュする夜の風物列車でした。
22:30前、静かに、本当に静かに長野に向けて発車していきました。


115系 361M、364M 信越本線 新井
下り最終1本前の361Mと新井駅で長野色同士の最期の並び。
この色は本当に好きでした。しばらくはまだ妙高高原から長野方で見ることができます。


189系 回?M 信越本線 新井
364M発車後、すぐに入線したのは妙高5号の使命を果たしたN101。
これまでは直江津停泊のこれも夜のうちに長野へ帰還。
回送が新井で停車するので最期にバルブ撮影。この時は後ろにあるくびき野から降り立った方々も大勢撮影していました。
この列車もタイフォンを鳴らすようなこともなく静かに新井を発ちました。
またイベントなどで山線で黒姫や妙高をバックに走る姿に期待をしています。


115系 1364M 信越本線 新井
新井までの上り最終列車、1364M。通常は3番線に入って直江津へ折り返すのですが、
長野車運用であるため、変運用でくびき野6号が下りの1357Mとなり、この列車はそのまま長野へ回送となりました。

これで上りの列車はすべて終了。
次に走るのはえちごトキめき鉄道のE127系です。

信越山線の最終列車は長野発22:26の363M。この列車も本来なら朝の342Mとなる列車でしたが・・・。


115系 363M 信越本線 新井
入線してきたのは聞いていた通り、6連貫通のC3編成。
この編成は長野に帰ることなく、この最終列車の後に新潟支社へ転属となりました。
凍える涙雨が名残雪に変わり、わずかに降り止む中、信越山線を締めくくってくれました。

この列車を見送り、駅が閉まるというアナウンスを聞いても、駅前に運送業者の車が来ていてもまだ実感がわきませんでした。
JR信越本線 新井駅を最期にスナップ。



2番線の看板は全部地酒メーカーだったんで、1枚入れてみました。


いつものように静かな夜でした。本当に静かでした。
ここで最期を見送れたこと、ここを選んで本当に良かったと思っています。

これからも鉄路は残り、列車は走り続けます。
心に穴が開いたような気持ちをしばらくの間は抱えていくのでしょうが、それでも地元の鉄路をこれからも見続けていこう、と改めて思うのです。

でも、私はこの日を生涯忘れることはないでしょう。
さようなら、私の鉄道趣味の原点。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この日が永遠に来なければ
この日が永遠に来なければ…。僕もそう思いました。「夢がかなう時」なにかで見かけた文面ですが、東京へ早くいけることが夢?あまりに浅はか。僕らのこの地域にとって、新幹線開通は試練以外のなんでもありません。今後の高齢化社会で地域交通の要になりうる妙高はねうまラインを地域の宝として維持していけるのか否か。この試練において、地元密着の鉄道を志向することに光明を見出して欲しいと思っています。
tacarbon 2015/03/15(Sun)23:40 編集
無題
>>tacarbonさん

ご無沙汰してます。
本当に、なぜここまで東京オリエンテッドなんでしょうね。
こうして地方の人と資産を東京に吸い出す仕組みばかり作っておいて、地方が衰退したなどとは、よく言うものだと思います。

富山の街づくりではないですが、鉄道やバスなどの公共交通の再生が今後の地方活性のキーポイントではないかと思いますね。
とくぞー 2015/03/17(Tue)21:10 編集
568  567  566  565  564  563  562  561  560  559  558 
カレンダー
11 2017/12 01
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
最新CM
プロフィール
HN:
とくぞー
性別:
男性
趣味:
写真、鉄道、温泉、貧乏旅行
自己紹介:
新潟県上越地方に生息。鉄分多め。
休日の信越・北陸線界隈にて目撃情報アリ。
バーコード
ブログ内検索
Admin / Write
忍者ブログ [PR]